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写真サムネイル

コンテンツID:IPJP019000001

正式名称

東大寺 戒壇院(かいだんいん) 戒壇堂(かいだんどう)

写真タイトル

通称名称

戒壇堂

著作権ID/名前

HJPI320100000216
植田英介

被写体製作者

慧光長老(えこうちょうろう)

被写体製作年

享保十八年(1733)落慶

被写体所有者

東大寺

被写体製作時代

日本史系/江戸時代/ -

分類

建築

撮影年月日

利用区分

授業での利用
入学試験での利用
入学試験問題の二次利用(自校)
単年度で更新される教材での利用
複数年度に渡って利用可能な教材での利用
模擬試験での利用

撮影角度

キーワード

戒壇 受戒 授戒 戒律 鑑真 四天王像 広目天

被写体所有者備考

【県指定文化財】 桁行三間 梁行三間 一重裳階付 寄棟造 本瓦葺。幅16m、奥行13m。伝戒の師として我が国に招請された鑑真和上(がんじんわじょう)は天平勝宝五年(753)に来日、翌六年東大寺に入り、四月に大仏殿前庭に戒壇を設け、そこで聖武太上天皇(だじょうてんのう)・光明皇太后(こうたいごう)・孝謙天皇の他、沙弥(しゃみ)430人余に授戒した。そしてこの戒壇の土を大仏殿西方の地(現在地)に移して戒壇院が創建されたのはさらに翌年の天平勝宝七年(755)と伝える。国家による正式な受戒道場として戒壇院は整備され、金堂(戒壇堂)の他に講堂・僧房・食堂(じきどう)・廻廊の諸堂宇が並び、独立した伽藍の体裁を成していた。しかし治承四年(1180)・文安三年(1446)・永禄十年(1567)の三度にわたり焼失し、現在の戒壇堂は、江戸時代に入り慧光(えこう)長老により享保十八年(1733)に再建されたものである。堂内には受戒儀礼の場となる三重の土壇=戒壇があり、その壇上中央には多宝塔が安置され、その四隅には天平期の塑像の四天王立像が安置されている。

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